文化 · 210年

(きゅうけんれい)

求賢令

文化210年

解説

曹操が発した人材登用の令。「唯才是挙」(才能のある者のみを挙用せよ)という革新的な思想を掲げ、出身や道徳にかかわらず才能ある者を積極的に登用することを宣言した。この令は三度にわたって発せられ、曹操の人材政策の根幹をなした。

POEM

求賢令(第一令)

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自古受命及中興之君、曷嘗不得賢人君子与之共治天下者乎。及其得賢也、曾不出閭巷、豈幸相遇哉。上之人求取之耳。今天下尚未定、此特求賢之急時也。孟公綽為趙魏老則優、不可以為滕薛大夫。若必廉士而後可用、則斉桓其何以霸世。今天下得無有被褐懐玉而釣於渭浜者乎。又得無盗嫂受金而未遇無知者乎。二三子其佐我明揚仄陋、唯才是挙、吾得而用之。
現代語訳

古来、天命を受けた君主や中興の君主が、賢人君子を得てともに天下を治めなかったことがあろうか。その賢者を得るにあたって、閭巷(里の小道)を出ることなく、どうして幸いにも相遇したのであろうか。上の者が求め取ったのである。今、天下はいまだ定まらず、これはまさに賢者を求める急ぎの時である。孟公綽は趙魏の老(重臣)としては優れているが、滕薛の大夫(小国の長官)にはなれない。もし必ず廉潔な士でなければ用いられないとすれば、斉の桓公はどうして覇者となれたのか。今、天下に褐を被り玉を懐いて渭浜に釣りをしている者がいないだろうか。また、嫂を盗み金を受け取ったが、まだ無知(知己)に遇っていない者がいないだろうか。諸君よ、私を助けて仄陋(身分の低い者)を明らかに挙げよ。唯才是挙(才能のある者のみを挙用せよ)、私はこれを得て用いる。