呉 · 後漢末期

しょうきょう

小喬

字:不明 周瑜夫人

生:生年不詳·没:没年不詳

「乱世にあっても、愛は変わらぬ」

─ 乱世にあっても、愛は変わらない

人物伝

橋公の次女。姉の大喬とともに「江東二喬」と称される絶世の美女。周瑜に娶られ、赤壁の戦いでは夫の大勝利を見守った。周瑜の死後も呉に留まり、その後の生涯は謎に包まれている。蘇軾の「赤壁賦」にも「小喬初めて嫁ぎたる」と詠まれた。

SPECIAL FEATURE

江東二喬

赤壁の戦いを彩った周瑜の妻

小喬は周瑜の妻となり、赤壁の戦いで夫と共に歴史の舞台に立った美女。諸葛亮は曹操の野望を煽るため、「銅雀台に二喬を閉じ込めて楽しみたい」との詩を引用し、周瑜を激怒させて連合軍結成に繋げたとされる。周瑜の死後、小喬の消息は定かでない。

周瑜は「銅雀春深鎖二喬」の詩を聞き、怒髪天を衝いて曹操討伐を決意したという。